Papillon Noeud

好きなものを、好きなだけ。観劇の感想・備忘録用ブログです。

悪意と疾病(凍える 観劇感想)

あらすじ(公式サイトより)
10才の少女ローナが行方不明になった・・・それから20年後のある日、連続児童殺人犯が逮捕された・・・児童連続殺人犯のラルフを前に、ローナの母ナンシー、精神科医のアニータがそれぞれ対峙する。三人の内面に宿る氷の世界・・・拭いきれない絶望感、消えることのない悲しみ、やり場のない憎悪、そして・・・善悪の羅針盤を持てなかった男・・・裁くのは誰か。

重たいテーマなこともあり、迷いましたが今回は2度観る機会を得られました。途中、中止などもあったのでありがたい・・・!

セットはいたってシンプルで少し斜めに舞台に架かる十字架のような十字路とその余白を小部屋のように使っていました。あとは背景がバックスクリーン?のようになっていて細かく分かれた章題や劇中の人物たちが書いた手紙や報告書なども投影されていて興味深かったです。途中、バックに長く伸びたラルフの影にこどもの足跡が映し出されていた場面があったのですが緊迫したシーンで静かに動くちいさな足跡の動きだけでローナの逡巡や困惑が良く伝わってきて印象的でした。

そしてこの戯曲、演者としては3人で、舞台上に3人在ることはあっても3人が同じシーンにいることはありませんでした。特に1幕序盤から中盤まではほぼ1人芝居。2人が相対するシーンは全ての組み合わせがありましたが、3人が相対することはないのでそれぞれ1対1の関係性が際立っていたように思います。おそらく他2人に対する印象はそれぞれ異なっているんじゃなかなと感じます。

少しそれぞれの印象を。

アニータはとにかく初っ端の自分の家を出ていく時に鞄の中に顔をうずめ絶叫するシーンに引き付けられました。あらすじで精神科医ということは知っていた分、そういう立場でありながら劇中ずっと不安定で何かを堪えるだったアニータに冒頭から引っ掛かりを覚え、少しずつ何があったのかが観客に理解させていく作りも面白かった。とはいえもちろん凛とした面もあるのでその演じ分けが鈴木杏さん流石だなぁと。声も明瞭で聞きやすかったし、メアリーに電話したあとのひとり呟くようなうつろな台詞のところもよかったです。

そして講演会のシーンも圧巻でした。専門用語満載の説明をマイクで流暢に話していくのは流石のひとこと。一人の時の不安定なアニータと、ラルフと対面する時の毅然とした印象。そして講演会の時の雄弁な表情。じつはいちばん不安定なのはアニータのような気もして、もう少し掘り下げて見たかった気もします。

ナンシーは娘を亡くして気の毒な愛情深い母親だけど、個人的には彼女は彼女でどうしても気味悪さを感じました。絶対的な敵を手に入れた人間の傲慢さとでもいうか。ローナの姉であるイングリッドはナンシーの口から語られるだけで姿は見えないけどチベットから母親に旗を贈ったり、霊安室に付き添ったり、ラルフを赦すのだと母親に諭すいい娘だなぁと。最後ラルフと面談をしたころに33歳になっていたイングリッド。おそらくローナを亡くしたころの母親と同世代じゃないのかなと思う。この事件が狂わせたのは母親だけでなく姉の人生も間違いなく変えてしまったんだろうな。新しい恋を見つけた母親の相手にけっこうイケメンじゃん!と軽く言うのは何よりも母親への思いやりだろうし、冒頭の姉妹喧嘩ではあんなにも女王様だった彼女が、ローナを喪ってからおそらくローナのことばかりだっただろう母親に投げかける「私だって娘よね?」のひとことが胸が痛かったです。これからナンシーがイングリッドの苦悩に気づいてくれたらいいなと切に願います。
最後、アニータに罪を背負って生きていきなさいと笑う、アニータのそれは疾病ではなく悪意だということを見透かすナンシーの笑みが晴れやかで鮮やかで複雑でした。

ラルフはとにかく怖かった!見た目は坂本昌行なのになんか見たことない坂本さんでした。歩き方とか指先の動きとか所作がまぎれもない「異常な人」。1度は比較的前方席で観たのですが目が合うと自分が獲物になったように身が竦むような気持ちでした。

3人芝居なのでほかの人の芝居中、膝を抱えてうずくまっていたりするのだけどスポットライトも当たってない中ゆらりと立ち上がっておもむろに歩き出すと、客席まで降りてきて何かするのではないかとぎくりとしてしまう空気がありました。
そういう身のこなしでいうと最後の面談時に端然と背筋を伸ばして座るナンシーと背中を丸めて俯くラルフの対比も印象的でした。向かい合って座る2人の間に照明でラインが引かれていたんですがそこが絶対に相容れることのない2人の境界線で、そこを超えてラルフ側に足を踏み入れたことにより本当にラルフを赦し、ある意味人としての理性を取り戻したナンシーと、ナンシーとの接触で坂を転げ落ちるように今まで信じていた正しさが揺らいだラルフのキーポイントだったんだなと感じました。

脳科学的な犯罪心理学も興味深かったです。幼少時に受けた精神的・肉体的虐待や物理的な衝撃が脳に損傷を与えて論理的な思考を喪わせてしまう。詳細は分からないけど虐待はないにしても物理的な衝撃って誰でも可能性としてはゼロじゃないから、正常であるかそうでないのかは紙一重なのだとちょっとぞっとしてしまいました。

そしてラルフの異常性の原因も幼少時の虐待による脳の損傷の可能性が高いことが示唆されていました。父親に怯えるラルフは悲痛だったし良心の痛みが分からないラルフが最後、面談後に良心の痛みを癌と勘違いし訴えるシーンは切なかったです。生まれついての異常者ではなく、成育歴がまともだったらおこらなかったかもしれない。だからこそ見捨てるように去ってしまったアニータにちょっとえ?とは思いました。看守ももの言いたげでしたし。

悪意の犯罪は罪

疾病による犯罪は症状

とはいえラルフに対して、気の毒な思いはあれど疾病による犯罪を症状とみなされてしまったら、現代の法は用を為さなくなってしまいます。仮に、自分が被害者、もしくは被害者の関係者だとしたら悪意だろうが疾病だろうが原因ではなく、結果に対しての裁きを求めると思います。そういった倫理観を自分が持っているからこそ、終盤に良心を持ち始めたラルフと結末に後味に悪さを感じたのかもしれません。

あと印象に残ったのは、ラルフが手紙を書くシーン。追い立てられるようなマイムマイムとスクリーンに映る上からの映像にどことなく焦燥感を掻き立てられました。

何度も観たいかと問われると、なかなか観る側にも体力が要る作品なので微妙ですが久々に観た後にこんこんと考え込んでしまう良い作品でした。